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【校長室通信】パイプライン 第3号

パイプライン

発行日:令和3年6月8日(火)

発行者:校長 大橋芳樹

<6月生まれの「栃木県ゆかりの著名人」> 柳田邦男(1936.6.9~:栃木県鹿沼市生まれ)

今はもうなくなってしまいましたが、子どもの頃、鹿沼市の今宮神社の隣にあった「柳田書店」という古本屋によく通っていました。星新一、小松左京、眉村卓、光瀬龍、筒井康隆らのジュブナイル小説やSF小説に夢中になっていた私は、本屋の新刊本には高くて手が出ませんでしたので、小遣いを貯めた小銭を握りしめて「柳田書店」に自転車で行って、数年前に出版された新刊本の古本を購入するのが楽しみでした。また、「柳田書店」には、なぜか辞書や参考書の古本がふんだんにあり、中学校や高校で使う辞書や参考書の多くを格安で購入したのを覚えています。時は流れ、私が県立高校の教員になって3年が過ぎた夏休みの1985(昭和60)年8月12日に、世界最悪の航空機事故といわれた「日本航空123便墜落事故」が発生しました。今でも、夏休みに慰霊祭のニュースが流れますが、日本航空123便は群馬県多野郡上野町の御巣鷹山の尾根に墜落しました。単独機の航空事故として死者数世界最多(520名)で、今でもその凄惨な事故のことは強い衝撃とともに、脳裏に焼きついています。その夜のNHK報道特別番組に航空評論家として出演したのが柳田邦男氏でした。柳田邦男氏のプロフィールの中に「栃木県鹿沼市出身」とのテロップがあり、父親に確認したところ、先ほどお話しした「柳田書店」が実家であることがわかりました。私が子どもの頃に夢中になって通っていた「柳田書店」は、柳田邦男氏のお兄さん夫婦が先代の後を継いで、経営していた古本屋だったのです。柳田邦男氏は、1936(昭和11)年6月9日に鹿沼市(当時は鹿沼町)に生まれ、鹿沼高校を卒業し、東京大学経済学部に進学します。1960年に東京大学を卒業後、NHKに入局しました。NHK時代には、遊軍記者として全日空機羽田沖墜落事故、カナダ航空機墜落事故、BOAC機空中分解事故を取材し、1971年にこれらの事故を追ったルポルタージュ『マッハの恐怖』を発表し、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。1974年にNHKを退職した後は、現在までノンフィクション作家・評論家として活躍しています。1979年に設立当初の国立がんセンターを舞台に、ガンの臨床医・研究者の活躍を描いた『ガン回廊の明日』で講談社ノンフィクション賞を受賞しました。また、1995年には、精神を病んだ次男の自殺と脳死による献腎の決意を描いた『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』を発表し、文藝春秋読者賞・菊池寛賞を受賞しました。2000年には『脳治療革命の朝』で、2013年には『原発事故 私の最終報告書』で文藝春秋読者賞を受賞しています。


つづきは、以下の

PDF『パイプライン第3号』をご覧ください。